よく、部屋の乱れは心の乱れと言いますが、汚部屋だった頃の私は「こうあるべき」が人一倍強い人間でした

「これは、こうするべきとかこうあるべき」という思いが強い
ということは、人に対して注文が多いんです
監視の目を緩めない的な感じで人を見ちゃう

監視してた

そうしたら、幸せになれると信じているみたいな
となると、その分衝突しやすいところも出てくる
結局、泣きを見て、うまくいかない、なんでだろうの日々


自分の中の常識は、子供の頃から現在に至るまで見たり聞いたりした誰かの受け売り(特に親)が多いです
確かにそのおかげでうまくいったこともありますが、何だか気が休まらず疲れる

その時は、人にも常識があることを考える余白が自分になかった

生まれた頃の頭の中は空間しかなかったのに、知らぬ間に自分だけの常識をどんどん詰め込んでいって、選択したり排泄(捨てる)ことをしなかった
そうしたら何が起きたか?


汚部屋生活が始まった(汗)

「こうあるべき」に何十年も支配されて自分を苦しい立場にしていたことに気付かなかったんです
そんなこんなで、ある日そうじをして、モノを減らした時に生まれた部屋の空間と頭の中の空間
空間が生まれてきた時、監視をやめて人を受け入れることができるようになってきました

部屋

それから、人やモノにも恵まれ始めて、その延長で主人にも出会えました
それと同時に、緩すぎておバカキャラにもなりましたけど(笑)
それは、人の気持ちも緩んでくれていることかなと思います


最近、自縄自縛と言う言葉を知りました
まさに自分で自分を縛って、身動きが取れない状態のことです
何が自分を縛っているのかを知らないと、その縄さえも見えずに苦しいだけです

見える縄ならいいですが、見えない縄は探すのに苦労します

でも、本当はいつも自分のそばにあるものなんです
例えば家の中のモノを断捨離すると、見えてくるのは、今までずっとそこにあった床と壁だったりしますが、自分の中にあるモノを断捨離して空間を作ると、やっぱりずっとそこにあった見えやすい位置にその縄はあるものです

なので部屋の空間を作ることと一緒に、外から内に目を向けて空間が埋まってないか確認することも心がけています

ブログランキングに参加しています

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ