断捨離を始めて約3年、たくさんのモノを手放してきました
最初は恐る恐る
それが1ヶ月もしない内にどんどん、バンバン、じゃんじゃん手放して
断捨離のだの字も知らない主人が引くほど自分のモノを手放しました
あの頃は、まだ新婚でしたけど、俺の奥さん気が狂ったよって思ったことでしょう

断捨離はゲームか?
いや、断捨離は自分との戦いだと感じています
だって、自分で働いたお金で買ったあれやこれを、捨てたり、スズメの涙くらいの値段で売ったりするわけです

勢いがつけば、そんなことさえ忘れて手放す速度もマッハくらいに加速しますけど
あっ、でもちゃんと「心からのありがとう」の言葉は添えますよ
でも、その境地に行き着くまでは、手に取ったものをジッと見つめて、感傷に浸って元に戻してみたりもありました

でも、その当時元に戻したモノも今は手元にありません^ ^
全部手放しました

主人も部屋が変わっていくのを喜びつつ、最初はただの傍観者でした
「これは絶対に捨てない、絶対に後で使う」と言い張っていたモノ達は、引っ越し前にほとんど手放し、今やこの家にそれはなく

この部屋に住んでます
思い出すことも後悔することもなく、元気に生活しています
思い出す日はあるのかしら?多分ないと思われる

結局のところ

断捨離で本当に手放してるのは
「自分で自然につけた思い」なのかな
思い
想い
念い
憶い
重い
み〜んなおもいと読む

念もおもいと読むらしい

そう書くと、モノに思いを馳せるのは悪いことなのか!なんてすぐに思いが浮かぶ人もいるかもしれない
けれど、そうじゃない
大事にするモノと、思い出してももらえずホコリのかぶったモノの違いは何かなとちょっと考えてみると、人の思いだけでこんなに扱いって変わるんだということを知って欲しかっただけ

そこは、金額の差もあるでしょう
人からいただいたモノでもあるでしょう
自分で始めて買ったモノかも
それは、み〜んな思いが乗っかてるんだよ〜ってこと

目の前にしているモノは思いが乗るだけで、見える世界も変わってくるんです
知らない人が見たら、ただのモノですが
思いを乗せたら、その人にとっては大事なモノになる

恐る恐る手放し始めたあの日から、手放すことが早くなった今との大きな違いは、モノにつけた「思い」なんだと最近気づきました

何度も言いますが、それダメじゃないです
いいんです
ただ、家にあるものに思いを置いても、毎日どんどん新しいことに目を向けて購入しちゃうのも自分
家の中にモノが増えて重くなってると同時に、思いが重くのしかかって空気が重くなってるかもしれません

買ったら、感謝で手放す
家も軽くなって、気持ちも軽くなる
それだけで、人生も循環する感覚を感じるかもしれません

モノをどんどん手放すからといって、心が冷え切った人間になることもない
むしろ、大事に使おうという気持ちは強まる
でも執着は薄い
不思議な感覚
それが断捨離なのかな

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