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冬あるあるですか?

節分の鬼と福

今日は節分ですね

鬼は〜外
福は〜内

良い子にしてないと鬼がくるぞ〜とおどかされ、ギャン泣きした子供時代

そもそも良い子って何だろう?
完璧な人はいない世の中に完璧な良い子を求めちゃう

静かにしていないと好きなものを買ってあげないぞ〜と取引条件を申し渡され、したいことを我慢する、それはその子にとって福?それとも鬼?

大人はみんな子供だったわけで、何かしらやらかしてますよね^ ^
それを忘れてしまうと大目に見れない自分を作ってしまいますね
今思えば、男勝で自由人だった私は「たくさんの大人たちに迷惑をかけて、しかも大目に見てもらって」大きくなりました

母からは、こっぴどく怒られてましたけど(笑)

なので、自由だった私から見たら、子供が楽しそうに自由に動いてはしゃぐ姿は当たり前かなと思うので、社宅での音もさほど気にはしませんでした
まさしく自由で個性の塊というのが子供です

それでも愛される

何かしないと得られない

たまに良い子にしないと〇〇してあげないよみたいな声を聞くときがあります
言いたい気持ちはわからなくもないのですが、実はそれって成長していく過程で、大きな不安や恐怖感になりやすい言葉だと思います

三つ子の魂百までとは言いますが、この「〇〇しないと何か得られない」という鎖は大人になっても続いていくのです

すでに大人になっている今の自分はどうですか?
この何かしないと得られないに縛られて、自分のやりたいことを我慢してませんか?
最初からどうせダメだからとか、もしくは得られないと、絶対に幸せになれないと信じこんでませんか?

それだと今の自分がイヤでダメって言っているようなもので、自分を信じることから外れちゃうんです

そうすると、自分を信じるって何だ?好きなことをするって何?となって、終いには、ワクワクすることなんて今の状態でできるわけない!ってなっちゃう

そうすると、得られないジレンマで今が嫌でしょうがなくなる
自分以外の誰かがキラキラして見えて、大切な自分を忘れちゃう
本当は今の自分でも良いのに、「それでいいよ」が出せない
雪国の太陽はとってもキレイ

〇〇がないと、〇〇をしないと、〇〇がたまらないと、、とエンドレスになっちゃうんです
では、それを達成したら満足するのか?と言うと、時代がどんどん変わって、またさらに探し始めるんです

それって、水が目の前にあるのに、水道水なんて飲めるか!オアシスの水の方が絶対に美味しいって信じ込んで、ずっと我慢して我慢してやっとオアシスの水を手に入れて飲んでも、飽き足らず、またそれより美味しい水はないか?と探し続けて自分で喉が乾いた状態を作って歩き続けるのと一緒です

これは前の私のことなんですけどね
それに疲れて、目の前にある水を飲んだらすごく美味しかったっていうのが今の私です

意外や意外ここに美味しい水はあった
早く飲めばよかったわ〜です

知らず知らずに植えられた「〇〇しないと何か得られない幸せになれない」という条件は、知らず知らずに自分の中でぐんぐん育って影響を受けます

どこかでそこに気づいて、その条件の成長を止めるには、力み過ぎの自分を緩めてあげる必要があります
そう、みんな頑張りすぎて緩めない状態なんだと思います
だから、親も疲れて、つい子供に条件を言ってしまうんでしょう

そこで忙しい方用に、お金もかけずに自分を知る方法
周囲を気にせず、テレビなどの音を消して、1分でも大の字になって力を抜いてふわ〜っとしてみてください、力を抜くことがわからないかも・・それだけ力んだ生活をしていると気付くことって大事です

自分はそれだけ頑張ってるんだなと気付いて「自分にありがとう」と言えたとき、力を抜いた目線で周りも見れて、今の自分も見れる

そうすることで生活が徐々に変化していくと私は思います

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