今日はそうじと片付けをやろう→でもやらない

今日は◯◯があって、できなかったから明日やろう

来週休みだからやろう

でも◯◯で忙しかったら今月末やろう

いや、半年後に、年末に、、

やっぱり、面倒だからやーめた。

こうやって汚部屋は出来上がっていきました。

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理由付けは誰がやっているのか?

汚部屋の時の私の生活はこんな感じでした。

汚れが汚れに見えなくなってくる。

部屋が汚いとハッとするまでそれが普通になってくる。

ハッとはするものの、なんでも理由を作ってそうじを先延ばししていたのは自分。

お金のためならすぐに頑張れるけど、そうじをしてキレイになってもお金は降ってこないからあえて必死になることはないと考えていたのも自分。

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なのに毎日、今手元にないお金のことばかりを考えて、通帳とにらめっこして時間が過ぎて、考えている時間をそうじに充てなかったのも自分です。

 

今、どこかをキレイにしちゃえばよかったのにね。

 

何十年も見て見ぬ振りをして、やっと気づいて始めた時に訪れてきたのは自分でも思っても見ないことばかりでした。

例えば、先日雑誌に載ったこともそうですし、知りたいことがたまたま本に書いてあったり、細々したことから大きなことまで色々あります。

どこかがキレイになると変わってくること

そうじする、片付ける、キレイにすることの良さを知れたのは、そこには逆のことがあったからです。

汚れ、散らかし、汚い場所があったから、キレイということがわかったんです。

当たり前だろ。という声が聞こえてきそうですが、その当たり前を見過ごすから、自分は苦しかったんです。

人は何か比較する対照があって初めてその良さを知ることができます。

幸せじゃないことがあったから、幸せがわかる。

美味しくないものがわかったから、美味しいものがわかる。

汚い部屋を知っていたから、キレイな部屋がわかる。

モノを持っていたから、モノがない良さがわかる。

嫌いな人がいるから、好きな人がいる。

意地悪なことを知っているから、優しさがわかる。

辛いことを知っているから、楽がわかる。

汚部屋時代の私は、「わざと知らないように生活させられていたのかな」と思うくらい何もしていなかったからこそ、今の幸せがものすごくわかります。

できるから大丈夫

何でも当てはめることができるのですが、変化の起こる前は一時的に自分にとって思わしくないことが起こる時がある、でもその経験はとても大事。

部屋をキレイに保ちたいな、モノを減らしたいなと思ったら、何か変化の起こるチャンスと思って是非、初めて欲しいです。

そうじもモノを減らすことも難しいと思っていた時、それは高い山にしか見えません。

その高い山も自分が頭の中で描くことなので、最初は低く描いてみたらどうでしょうか。

最初は低く見ることから始めたことが、知らない内に高い山に登ってたという感じです。

今、このミニマム生活をすることができて、私はそのことを知ることができました。

「出来るから大丈夫」

私もまだ完全なミニマム生活ではないかもしれないけれど、いつもこのように思って生活を楽しんでいます。